2011/05/02

URAKOZE/ kigali


昨日はキガリでのホームステイ最終日でした。

常に僕の部屋に来て、丁寧にフランス語とキニヤルワンダ語を教えてくれたChristian。
星空の下で毎晩歯磨きをし、お互いの将来の夢を語り合いました。

最後の夜もいつもと同じく僕の部屋をトントンとノックし、
「パソコンを使わせて欲しいんだけど…」とのこと。

ちらっと覗いてみると、教えたばかりのパワポに苦戦しながらも一生懸命僕に向けたメッセージを書いてくれているChristian。そんな彼の目から涙がこぼれ落ちる様を見て、この一ヶ月の色々な思い出が蘇ってきました。
ありがとう。URAKOZE CHANE.

出会うことの素晴らしさ、そして出会いに一生懸命でありたい。そんなことを思いました。


最後に、ようやくようやく明後日赴任地の村へ移動します。
村人との新しい出会いに向けて、新しい職場での出会いに向けて、
まずは初心に戻り、キニヤルワンダ語での自己紹介の練習をしつつ今日は寝ます。

2011/04/23

振り返り/ kigali



ホームステイも残すところあと1週間になりました。

毎日のご飯はイモとマメ。調理方法は煮込むか揚げる。
ガスコンロはありません、調理時間はおおよそ3時間/夕食。

毎週の洗濯は手洗い。脱水はもちろん全力で絞ります。
所要時間はおおよそ2時間/週、外で干してる最中に雨に降られる確率75%。


やはりここでの生活は不便も多いです。


が、あと1週間でこの家を離れるのは少々寂しい気持ちでもあります。

毎晩僕の部屋を荒らしに来るちびっこ×3
そんなちびっこを叱りつけるお姉ちゃん×2
いつも慣れない英語で優しく接してくれるパパとママ

彼らとの生活で久しぶりに家庭の温かさに触れ、幼少時代を思い出した今日この頃。

結論としては、非常に充実したホームステイ生活を送っております。



2011/04/20

language school /kigali



ルワンダは2年前に公用語が英語に変わったばかり。
案の定、英語が話せる人はごく少数です。

現地の人とのコミュニケーションを取る為には現地語であるキニヤルワンダ語とやらを使わなければなりません。
これが非常にやっかいで文法が複雑、もし喋れてもルワンダ人としか交流できないなどなど
ネガティブな面ばかり思い浮かんでしまうのですが、村人にいじめられない為にも渋々勉強を始めました。

写真は学校の教室と先生。
僕が物覚えの良い生徒ではない&先生の教え方も良くないことで成長の兆しが見えません。

landscape /kigali



ルワンダは別名「千の丘の国」。

どこに行っても坂、坂、坂。
この国の人々はそんな環境にも負けず来る日も来る日も歩きます。

土砂降りの雨で雨宿りをしながらも、ゆっくりと着実に。

2011/04/07

Memorial week /kigali





1994年4月7日。今日はGenocideが始まった日からちょうど17年。
ルワンダでは毎年4月7日をGenocide memorial dayとし、国民の休日に指定されています。

本日は安全面を考慮し、外出を自粛。ホームステイ先でのんびり読書。
朝から大人達が追悼集会に参加している間、家の外を走り回る子供達。


「二度と繰り返してはいけない歴史をいかに後世に伝えていくか。」
無邪気な子供達の姿を見てそんなことを考えました。


The Times They Are a-Changin' (時代は変わる)


2011/03/28

weekend/kigali


ルワンダに来てはじめての日曜日。

大人も子供もいちばんのオシャレをして朝のミサへ。

hallelujah! hallelujah! hallelujah!


”主をほめ賛えよ”と叫びながら踊り歌うルワンダ人。
Joan BaezのThe Battle Hymn of the Republicをイメージしながらリズムをとる僕。

その後、散歩がてら近所のローカルマーケットへ。

市場の中で写真を撮るなと怒り狂うルワンダ人。
そんな中でも果敢に写真を撮り続ける僕。

いやー正直彼らのパワーに圧倒された休日でした。





2011/03/25

到着/Addis Ababa, Kigali





ご無沙汰です。

日本国内でボランティアが必要とされている時に、わざわざ海外でボランティアをするということに違和感を感じつつも、本日無事ルワンダに到着しました。

今後の二年間に期待を膨らませながら今日は寝ます。je suis très fatigué...